Pinguinoピングイーノの日記〜Forza!がんばれ!玉森裕太さま〜

Kis-My-Ft2玉森裕太さまのこと、イタリアのこと、日々の生活での感じたことを綴ります。

おめでとうございました〜!!キスマイデビュー4周年!!〜

8月10日、記念すべきKis-My-Ft2のCDデビュー4周年の日!!

皆様どのようにお祝いをなさったのでしょうか?

この日に合わせて日記を書きたかった私ですが、またしても“やっちゃった”。

書きたいことが怒濤のように押し寄せてきて感傷にひたりすぎ、Myojoの

100000字インタビュー、千賀さんの回を思い出し読み返して再び涙涙・・・。

キスマイ以外の活動もしてた千賀さん。

 

「“このグループに入ったらデビューできる”って匂う」そんなグループにいた

ときも「やっぱりキスマイにいたいし、キスマイでデビューしたい。

“キスマイにいる”って事務所に強く言ってました」

社長も“わかった”って言ってくれたんですけど、次の日、みんなの前で

“ユーは最高のチャンスを失ったよ”って言われて。それでも全然後悔はなかったな」

 

強いなあ、千賀さん。強いよ。

 

そしてデビュー前のキスマイでフロントをやっていた千賀さんが、

「そうこうしてるうちに、センターが代わるタイミングがあって。僕と

玉森の立ち位置が変わって・・・。」

「ここも、ここも、ここもちゃんとできてるのに、俺じゃダメなんだ。」

「立ってるだけで輝くあいつがなんでセンターなんだよ」

「俺の何がダメだったの?ダメだったとしたら、なんで言ってくれなかったの?」

「センターに立ってる玉森を後ろから見てると、ドキドキしてるのがわかるん

ですよね。頼むから、堂々とやってくれって思ってました」

そんな千賀さんにアドバイスをしてくれた櫻井翔さん。

「(櫻井)翔くんに、“自分と闘え”って言われたこと、今も忘れられないです。」

一人でロスに行き、ハリウッドの大通りでのダンスバトルを見る。

「すっごい、いい顔して笑いながら踊ってて。自分を表現することが楽しいって

思う人たちが、世界にはこんなにたくさんいるんだって。俺には、表現する場が、

最高の環境がそろってるのに、彼らほど楽しんでるかなって思って。“なんで、

彼らみたいに楽しまないんだろう”って。そしたら、声が聞こえた気がして。

“ダンスは好きか?”って。僕、やっぱダンスが好きなんです。だったらもっと

楽しもうって。」

「結果や評価って大事です。でも、そこを気にするんじゃなくて、

まず本当にやりたいことに没頭する。そして、楽しむ。そしたら結果って、自ずと

ついてくるもんなんだなって」

「僕らは、いろんなグループから落ちた人間が集められたのが大きかったのかなって。

デビューってことにかんして、どこまでもどん欲だったヤツもいれば、心のキズを

引きずったままのヤツもいた。でも、落ちこぼれで、何かが欠けてるヤツらが

7人集まったから、補い合うことができたんだと思うんです。・・・

・・・がんばって、がんばって、がんばって、がんばって何かを手に入れたとき、

そのよろこびが7人いっしょだったんです。だから、この7人でよかったなって、

このグループにいたかったんだって今は思います」

 

 「キスマイにだけは残してください」という千賀さんの思いが強く残る

インタビューだった。

 

こうなってくるともうメンバー全員のを読みたくなり、久しぶりに

『裸の時代〜キスマイがまだ何者でもなかったころ物語。〜』をまるまる

読み返したりして、忘れていたわけではないけれど、キスマイがデビューする

までのくじけそうなくらいの長い下積み時代の焦りや迷い、後輩に先を越された

くやしさ屈辱、だけど誰のせいにするわけでもなく腐るわけでもなく、自分たちの

デビューを信じ続けた。もう無理かも・・・って思ったりしても、いや、

7人ならできる!絶対にデビューしてみせる!そして、デビューできる時が来たら、

そのときは7人でデビューさせてください!!キスマイは7人でキスマイだから。

7人でのデビューをジャニーさんに強く求めたことを読み、改めて考えさせられる。

 

キラキラな衣裳を着て派手なパフォーマンス、いつもいつも笑顔。歌番組や何かで

ちょっと出たときの印象やあるいはジャニーズというイメージや思い込みだけで

心ない言葉を浴びせられたり。持ち上げられたり落とされたり。

陰でどれだけがんばっていてもそれを見せないアイドル。小さい頃から夏休みも

ないくらい先輩たちの舞台やライブについて回って、一日に何十曲もの歌や踊り

を覚えなきゃならなくて、だけど「できない」なんて絶対に言えなくて、そんなこと

絶対に言わなくて・・・。グループとしてこれは必要だ、と話し合ったり

自分が何をしたらグループのためになるかって真剣に考えたり、もがいたり・・・。

どうしたらファンが喜んでくれるか?笑顔になってくれるか?楽しんでくれるか?

そのことだけを必死で考え、そのときできる自分の、自分たちグループの最高を

見せてくれる!!

こんなに真剣に相手のこと考えて自分に厳しく仕事してる一般のビジネスマンの

人だって、はたして何割くらいいるのか?ここまでの気持ちを持って・・・。

 

裏でどれだけの努力をしてきたか、しかもその努力は表には見せない、そして

まだまだ努力し続けてるんだと思うと・・・キスマイの7人の、

そのうえでのあの笑顔なんだと思うと、涙腺がゆるむ・・・。

 

目立つことが嫌いで嫌いで、むりやり連れて行かれたオーディションでは嫌すぎて、

着ていた黄色のパーカーが涙で濃い色になるくらい大泣きしていた玉ちゃん。

やる気が表面に出にくい玉ちゃん、振り付け師の人にもよく怒られていたと。

「とにかく俺と宮田はよく怒られてました(笑)」

「ホント、よく怒られる仲だったんで、なんかわかり合えてたんですよね。

ふたりで、イチゴ狩り行ったりもしましたから。イチゴ摘みながら、

“やっぱ、俺らダメだな” “がんばってるんだけどね”みたいな話して(笑)」

 

千賀さんと立ち位置が変わったときには、

 「最初は・・・目立つのが怖かったですね」

「なんか恥ずかしかったんで。ずっと端っこで踊ってたのが、いきなり真ん中で

踊れってなって。全然、景色がちがうし、前にメンバーもいないし。すごく

動揺して。“俺、ダメかもって”」

 

 「立ち位置が変わる、はずされるってことはJr.時代、みんな経験してる。 正直、

余裕はなかったですし、何より、同情とかっていう感情は千賀に失礼ですから。

“やれ”って言われて、“できないです”なんて言えない。言われたこと、いただいた

仕事は、絶対にクリアしなきゃいけない。」

「特に踊れてたわけじゃないし、特出してた部分もない。ただ運がよかっただけ。

だからフワフワやってるのって真剣なヤツに失礼だな、なんでも必死でやんなきゃ

って。もらった仕事、立ち位置、なんでも」

 

そんな玉ちゃんだけど、やめようかと悩んだ高3。

「いくらがんばってもデビューできる保証はない」

「俺、いつまでジャニーズやってんだろう」

ご両親に、やめることを告げると、“もうちょっとだけがんばってみれば?”

進む道は自分で決めればいい。でも腐ったら終わりだよ“と・・・。

そして、後ろ向きな気持ちでいた自分、先が見えない怖さから逃げようとしてた

自分に気づいて、

「もう一回、がんばろう」って。

 

うん、うん、よかった。玉ちゃん、思いとどまってくれて。そうじゃなかったら

今の玉ちゃんに会えなかった。 

 玉ちゃんのことですごく意外だったのは、「美男(イケメン)ですね」の

ときの話。あんなに堂々とやってるように見えた廉さん役、じつはプレッシャーだらけ

で、でも家族にもメンバーにも弱いところは見せたくなくて、ひとり耐えていた。

そんなに苦しみながらやってた廉さん役・・・。今のドS全開の玉ちゃんならぴったり

だけど、当時の玉ちゃんはギャップがあったみたいで廉さんをやるにはキツかった

のかもしれない。そうか、相当むりをしていたんだ・・・。

ドラマを観ている間は全く違和感なんかなかったし、今もあの役は玉ちゃんだから

こそ!!と思う。

何回も何回も、ぼろぼろになるくらい台本読みながらも苦しんでる玉ちゃんに

“がんばれ”なんて言わないけど黙ってフォローしてくれてた藤ケ谷さん。

「あいつは、逃げません」「どんだけ追い込まれても、絶対に乗り越えます」

ってスタッフの人に言ってくれたんだね。

 

その藤ケ谷さんだって“そろそろやめようかな”って思った時に櫻井翔さんや田中

聖さんに助けてもらって。聖さんからは「必ず必要とされるときが来る」と。

また、デビュー前の横尾さんは亀梨和也さんに励ましてもらったと。それに

フリーター家を買う』の時には、二宮さんに「キスマイがんばってるよね。

もうちょっとじゃない」って声をかけてもらったり。

デビューが決まってからも、NEWSのときみたいに本当ならキスマイにだって

入っていなかったんじゃないか?自分がここにいていいのかと悩み、「デビューの日、

俺いねーかもしんない」と言った横尾さんに対して、

「いま誰ひとり欠けていいわけねーだろ。7人でデビューだろ?ファンのコ、

ビックリするだろうが。やめんだったら10年後にしろ!」って本気で怒ってくれた

藤ケ谷さん。

(横尾さん、デビューしてからもちょっクサクサしてたのかな。無表情でなんて

つまらなそうに踊る人なんだろう・・・って見てた。

それが変わってきたのは、最初の頃の「キスマイBUSAIKU!?」で天野さんが

ゲスト出演したときからかな。天野さん自身がウドちゃんと比べられたりスタッフ

さんからの扱いがちがうことに傷ついていたときに、「洋七師匠がほめてくれた」

と言う話をして、「だから、必ず誰かが見てくれているんだから・・・

決して腐っちゃダメだ」と言ってくれてから、その後の歌番組で見る横尾さんが

だんだん変わってきた気がした。その頃から笑顔も増えてきたし(今なんか毎回

すごい笑顔だけど)、踊りにもちゃんと心がこもってる、と感じるようになった。

気持ちってやっぱり顔や態度に出ちゃうんだよね。ごまかせない。

最近はすっかりふっ切れたみたいでいつも楽しそう。よかったよかった。)

 

二階堂さんが悩んでたときはやっぱり聖さんが相談にのってくれ、デビュー前に

勘違いして自分のキャラをつくってた二階堂さんに北山さんが本気の喝を入れて

くれた。

「ミツから突然、電話があって。“今からそっち行くから”って。明らかに、

いつものトーンじゃないんですよね」

「仕事ってさ“ “グループってさ”って話をミツがして。俺は屈折してたし、自分の

こと最強だと思ってたから、すぐにはすんなり納得できなくて」

「途中からは、もう殴り合いですよ。ミツ、カッコよかったです。“おまえ、

そんなんだったらやめろ”って。仕事の意味、もっと考えろ。・・・

どんだけのファンがいて、俺たちを支えてくれてるか、わかってんのかって。

やめたかったら 、やめればいい。でも、おまえはひとりじゃない。俺たちは

グループなんだ。7人全員でKis-My-Ft2なんだって」

「これじゃダメだって気づきました。そして、俺のこと、ここまで思ってくれる

メンバーがいるんだって。あの夜がなかったら、今、ここにはいないですね」 

 

そして、Jr.時代に玉ちゃんとともに怒られてるばかりだった宮田さん。

あまりに怒られすぎて、嫌われてるんじゃないかと思ったり、

“一生懸命がんばっても怒られるなら、一生懸命やらないで怒られたほうが得

なんじゃん?”と玉ちゃんと話したりしてたとか。“怒られない”ことを目標に

玉ちゃんとはキズのなめ合い。二人にしかわからない、二人でいたから乗り

越えられた、そんな宮田さんも、玉ちゃんがだんだん怒られなくなって「ごくせん」

に出る頃から焦り始め、そして生まれたのが“オタ芸”。

ジャニーズ・カウントダウンで井ノ原さんが優しい言葉をかけてくれ、

「”今日も萌え萌えキュン!ってやろうと思うんです”って言ったら井ノ原さんが

“やれよ!やれよ!マッチさん、やさしいから大丈夫”って。だから、やったんです

けど・・・。あとで映像を見たら、岡田(准一)くんが、苦虫を噛みつぶしたような

顔してて。“井ノ原さんのグループの人がいちばん冷たいですやん!”って(笑)」

「でも、キャラってのは、やっぱりムリして作っても、すぐメッキがはがれるっ

ていうか。タマを見てて思ったんですよね。昔から、タマってカッコつけるタイプ

じゃなかったんですよ。クールに見えるけど、あいつにとっては、それが自然体。

だから、作ってないほうがいいなって。俺も俺のまんま。」

「タマになれるもんなら、なりたいですけどね(笑)」

「なりたいです。やっぱねえ、うん、あいつは先頭に立つ力のある人間だと思う

んですよ。誰よりも、歌やダンスがうまいわけじゃない。でも、必ずみんなに

愛されるっていうか。俺、タマのことキライって話、いまだかつて聞いたことない

ですから。人を惹き付ける力ってのが、すげーあるんです」

「メンバーにイジられて、ヤダなって思ったことないですからね」

「イジメとイジリのちがいって、愛があるかないかじゃないかって、思ってるん

です。それが、好きだからしてる行為なのか、キライだからしてるのか。それって、

イジられてる側は、すげーわかるんです。・・・それって、誰かが境界線を決める

んじゃなくて、自分で引けばいいと思ってて。イヤだなって思ったらイジメで、

そうは思わないならイジリなんだって」

 

北山さんは、滝沢さんにかわいがってもらったり、大倉(忠義)さんと仲が

よかったとのこと。大倉さんが、“おまえら、絶対イケるやろ!”と応援してくれ、

関ジャ二のツアーの写真集を見せてもらいながら、“ぜってーデビューしてやる”って。

「守りたいヤツがいたから。俺は世の中の全員は守れない。でもせめて、この

グループは、この仲間だけは守りたいって思って」就活も就職もしないって決めて、

「このグループで、行けるとこまで行ってやるって」

「何度もまわりにバカにされたり、“年、いってんじゃん”って言われても、

“おまえに俺の何がわかるんだよ”って思ってた」

「人の生まれ持った才能って、平等じゃないけど、夢を持って走り続けたら、

チャンスは誰にでも訪れるって思うんです。だから、うまくいったって、うまくいかな

くたって、振り返ったら、残ってるのって、がんばった自分たちの姿だけだろって」

 

そうして、まだこれから!!キスマイは走りますね!

グループが強くなるにはまずは一人一人が強くなくちゃ、なんだね。そして、

ファンもそうだけど、たくさんのジャニーズの先輩たちや同期の人たちにも支えられ

てきたんだね。すごいね。ライバルなのに、なんて皆、いい人たちなんだろう。

この話をすると夫なんて、「へー、ジャニーズって育ちがいいんだね。俺だったら

絶対にひきとめない。ライバルは減ったほうがいい」・・・

うーーん、相変わらず心が真っ黒ですね・・・。そういえば昔学生の頃、BOOWY

“MORAL”(モラル)をカラオケでうれしそうに歌ってたね・・・。

ま、これはおいといて、

 

しみじみ思うのは、キスマイが存在するこの時代に私も生きることができて本当に

よかったなあーーってことなんですよ。だって、もっと早くに生まれちゃってたら、

さすがにキスマイのコンサートに行くには高齢すぎたかもしれないし、もっと

遅くに生まれたら、直接キスマイの活躍は見れなかったかも・・・だよね。

思い出話みたいに、あー、そんなジャニーズがいたよねーになってたかも。

今、ちょうどキスマイが活躍するこの素晴らしい時期を一緒に歩んで行けるなんて!!

偶然じゃないよね。必然です!ほんとうにうれしい!!神様ありがとう!!

神様!女神さま!のおかげですね。

玉ちゃんと同時代を生きることができて、玉ちゃんを好きになったことに感謝します。

ありがとうございます。

 

 

Grazie mille!!(グラッツィエ ミッレ)たくさんのありがとうを!!

Con i tanti baci (たくさんのキスとともに)

ciao ciao・・・(チャオ チャオ)